てんつなぎvol.4では、社会学者の加藤文俊先生をお迎えしました。さまざまな地域に出かけて、その場所で調達した食材とその場所に居合わせた人びとの知恵をまぜあわせ、その場限りのカレーをつくり、みんなで食べる「カレーキャラバン」という活動に関するお話と、三宅島全体を大学に見立てて、講座や実習というかたちで島にさまざまな「仕掛け」を埋め込んだアートプロジェクト「三宅島大学」に関するお話を中心に、コミュニケーションについて考えました。
以下に加藤先生のお話の概要を掲載します。
「『カレーキャラバン』と『三宅島大学』は、アートプロジェクト『墨東大学』をきっかけに生まれました。
『墨東大学』は、東京都と東京文化発信プロジェクト室※現:アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)が展開する東京アートポイント計画のひとつで、おもに墨田区の北半分のエリアを対象とした学びの場づくりをテーマにしたもので、もちろん本物の大学ではないが、各講座や演習を受けることで、単位がもらえ、所定の単位を取れば立派な卒業証書が授与されるというもの。
実際の大学でもロゴ入りのグッズが作られていますが、『墨東大学』においてもさまざまなロゴ入りグッズが作られ、京島の『キラキラ橘商店街』のなかの空き店舗を借りて『京島校舎』という名の拠点を作り、そこで誰もが気軽に参加できるような講座やワークショップからなるプログラムを考えました。」
「そんな『墨東大学』の講座のひとつとして生まれたのが『墨大カレー考』。
『墨大カレー考』は『カレーキャラバン』のメンバーの一人である、木村亜維子さんが発案、担当した講座。講座では、スパイスやカレーの歴史についておさらいし、ご当地カレーをつくるというもの。また、ご当地カレーをつくる実習では、みんなで近所の商店街を歩き材料を買い揃え、商店街の中の空き店舗である『京島校舎』で鍋を炊き調理しました。」
「いわゆる“まちなか”で鍋を炊いていると、道ゆく人が足をとめて声をかけてきたり、鍋をのぞき込んできたり、調理を手伝ってくれたり、差し入れをしてくれる人まで現れ、地域の人びととの思いがけない関わりが生まれていました。
そんな『墨大カレー考』での体験から、まちなかで鍋を炊くことで、そのまちに暮らす人びとの『気質(かたぎ)』がわかるのではないかと考えるようになり、それならば、他のまちへ出かけて行ってカレーをつくったらどうなるだろう?とメンバー一同、試したくなり、カレーキャラバンという活動が始まりました。」
「墨大カレー考での経験から生まれたカレーキャラバンで、カレーづくりを介して、その地域の人びととの出会いや交流が生まれることに何よりも魅力を感じて活動しています。
また、カレーキャラバンをプロジェクトとして継続的に進めていく(実施する)にあたって、どうせならキャラクターを作ろう!ということになりました。カレースパイスの香りの主役であるクミンをモデルにした“クミンちゃん”をはじめ、さまざまなキャラクターをデザインしました。Tシャツや各種グッズ等に展開しています。」
「こうしたコアな活動以外の部分にも妥協することなく楽しみながらも真剣に取り組むことが、プロジェクトを長く継続させる秘訣なのではないかと考えています。
さて、カレーキャラバンとしてさまざまな地域へと旅に出かけていきました。
アート系のイベントだったり、震災後のまちづくりワークショップであったり、公園等のパブリックスペースや、カフェの軒先等のプライベートなスペースなど、さまざまな場所で開催しています。
カレーキャラバンは“まちかどで鍋を炊くことで、一時的、即興的に人びととの交流の場が生まれ、まちの人びとの気質(かたぎ)を知るための方法”であると考えています。」
「ひとつ最近の興味深い出来事として、2015年4月に実施した上井草のカフェの軒先でカレーキャラバンを実施した際のお話をします。」
「写真のとおり、縁石を境に右側の駐車スペースをお借りしてそこでカレーキャラバンを実施しました。
カレーキャラバンとして利用している場所はプライベートな領域内に収まっていますが、縁石を境とした左側は道路であり、パブリックな領域です。
そんなパブリックな領域にカレーを待つ人々が多く並んでいる様子が確認できるかと思います。
つまり、普段は一般の車が通行する道路が一時的にイベントに参加している人びとの共有の広場のような状況になったのです。
もちろん、車が通行すれば人びとは道をあけて、通行の妨げにならないように移動するのですが、通行を断念して、迂回する車も見られました。
そこには一時的ではあるけれども、日常においては車道(パブリックスペース)とカフェの軒先(プライベートスペース)という何気ない場所が、カレーキャラバンを実施することで、そこに居合わせた人びとの共有スペース(パブリックとプライベートの中間ともいえるスペース)になったのです。
普段は地域の人びとがそれぞれの目的の為に通行するだけの場所が、大きなカレー鍋を介することで、人びとが自然とつながるきっかけをつくる場所ができたといえるでしょう。」
「『三宅島大学』は名前からもお気づきのとおり、先ほどお話した『墨東大学』プロジェクトから着想し実現したものです。
三宅島大学という仕組みが島に入り込むことによって、日常の中におけるコミュニケーションを誘発する仕掛けとなるような、そんな仕組みが作れたら面白いなぁと考えていました。例えば、活動の成果を、来場者数等のように定量的に測るのではなく、島の人びとの何気ないおしゃべりの中で三宅島大学に関する話題が出てくると面白いなぁと。
『三宅島大学』は、よそ者と島の人びととの交流を実現し、それによって知り得た地域の情報や特色を記録し、成果物を作成し配布することで、その成果を地域に還すための仕組みとなることを目指しました。
そのために『島でまなび、島でおしえ、島をかんがえる。』を理念に、講座や実習というかたちで、島にさまざまな『仕掛け』を埋め込んでいきました。」
「いくつかの仕掛けの中から何点かご紹介したいと思います。
キッズリサーチは夏休み中の島の子ども達を対象としたもので、午前中は正解のある授業として、夏休みの宿題をサポートするのですが、午後は正解のない授業をテーマにワークショップ形式の講座を実施しました。
例えば、子ども達にカメラを持たせて自由に島内の好きな場所を写真に撮ってもらって、そのデータを利用してマップを作ったりしました。
三宅島大学の活動を知ってもらうための媒体として『あしたばん』というかわらばんも制作しました。
三宅島大学の講義を取材・執筆・編集して大学の活動を伝えるかわらばんで、全戸配布を目指したかったのですが、民宿や商店等に配布しました。」
「島で暮らす人びとの取材や写真撮影を行い、ポスターを制作するプロジェクトも実施しました。島の民宿の女将さんを対象にした『女将さん大集合!』、島の子ども達を対象にした『キッズ大集合!』、島の漁師さんを対象にした『はたらくオトコたち』の3シリーズを受講生と制作しました。」
加藤先生のお話を伺っていると、日常生活において人びとは地域や公共の場や社会的立場やしがらみ、年代等、さまざまな枠組みにとらわれながら生活していることに気づかされます。「カレーキャラバン」や「三宅島大学」はそんな枠組みを超えて自由に人びとが関わりつながる機会をつくり出す仕組みや方法を教えてくれています。
これからのコミュニケーションのあり方を考えさせられるひとつの「方法」として、さらには、これからの暮らしや社会のあり方のヒントを得るきっかけとして、大いに参考となるお話でした。ありがとうございました。
※写真左より木村健世、木村亜維子(カレーキャラバンメンバー)
加藤文俊
社会学者。慶應義塾大学環境情報学部教授 兼 同大学院政策・メディア研究科委員。専門は社会学。とくに昨今はカメラ付きケータイを用いた社会調査法の開発に力を入れている。カレーキャラバンでは、おもに「タンドール窯」を担当。
木村健世
カレーキャラバンでは、おもに「鍋をかきまぜる」ことを好んで担当。「まち」をフィールドにアートプロジェクトを展開するパブリック・アーティスト。
木村亜維子
カレーキャラバンのリーダー。初めて一人暮らしをしたまちのカレー屋さんで、スパイスたっぷりのカレーに出会ったことからカレーに目覚める。
三宅島大学:http://www.miyakejima-university.jp/
カレーキャラバン:http://curry-caravan.net/