黒潮作業所
みんなでパンを作る場所
飾り気はないけれど、素朴でかめばかむほど豊かなあじわいが広がる。作り手はパンと共にゆっくり成長する。パンと人、人生のふくらみを待つ場所。
三原山を望みちょっと歩けば海に行ける、そんな場所に立つ一軒家が黒潮作業所だ。
黒潮作業所は、「精神障害者の方々が家に閉じこもらないで、社会との繫がりを持ちながら生活できるように」との願いから、そうした方々の「働きたい」という思いが実現されるように必要な訓練を行う場として、社会福祉法人大島社会福祉協議会が運営している。
取材したこの日は調理パンを作る日。一週間の中でパン作りは3日間。パンを作る、お弁当を作る、この2つが利用者の主な仕事だ。
そうはいっても、施設を利用される皆さんの傷害の状態はさまざま。なかには作業所までは来られたけど、働く力が出なくて横になっている人や、パン作りはまだ慣れないから、みんなのお昼ご飯を作る人などそれぞれ。それでも来てくれるだけでいい、と所長の下司さんは言う。
まわりの理解があり利用者となってここに来ても馴染むまで時間がかかる。なので、少しづつ変わるのを待つ。最初はほとんど声が出せず、かすかに聞こえるくらいだった人が今では誰よりも元気にあいさつできるようになったり、目の前の景色が見えていなかった人がある日突然「庭に綺麗な花が咲いていたのが見えたの!」と嬉しそうに教えてくれたり。そんな利用者の変化をたくさん見てきたから、下司さんはじめ職員の方たちは、利用者自らが心を開くまでじっと待っている。
ここは、みんなで一緒に作業をしながらゆるやかな時間の中で、ゆるやかに成長していくのを待つ、そんな場所でもある。
黒潮作業所ができて15年目になる。今でも売れるパンを作ることは課題であり大変なことだけれども、国産小麦粉や酵母、大島の塩を使うこと、他の材料や調味料についてもこだわることは続けている。体に安心安全な物をおいしく食べたい、つまり“体がよろこぶおいしいもの”にいきついた結果なのだ。だから派手さはないけれど、素朴でかめばかむほど味わいが出る。それが黒潮パンの特徴だし、大切にしたいこだわりだ。
「なによりも、作業所での作業を通じて利用者いきいきと明るく変化していく様子が伺えると本当にやっていて良かったと思う、もっともっとここを利用する人が増えて、一緒にパン作りをして新しい人生が開ける場所になって欲しい」そう願いながら下司さんは今日もパン作りに向かうのでした。
Data
『黒潮作業所(くろしおさぎょうしょ)』
東京都大島町元町字赤禿28-5
TEL:04992-2-4836